dグレ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 日常編1

「リナリー…わたしまだねむいよ…」

「もう!なまえは放っておくとお昼まで寝てるでしょ!」

朝一番に部屋まで起こしにきたリナリーに背中を押され、食堂への道を歩く。昼まで寝ているのは事実なのだが、その理由は慢性的な不眠症、というか、夜になると恐怖心が強くなって寝付けなくなってしまうためである。もちろんそんなことをリナリーには言えないので、睡眠を欲している身体を無理やり動かして温かいベッドから出てきたというわけだ。

「おはようございます、リナリー、なまえ」

「おはよう、アレンくん」

「……おはよ」

食堂に向かう途中で、後ろから声をかけられて振り向くと、朝から爽やかなアレンくんの姿。同じく朝から可愛いリナリーはにこやかにあいさつを返し、わたしはそんなリナリーにちょっと隠れて、小さな声でおはよう、と言う。寝不足で酷い顔をしているはずだ。あまり見られたくはなかった。しかしアレンくんはひょい、とわたしの顔を覗き込む。

「すっごく眠そうですね。寝不足ですか?」

唐突に至近距離で爽やかな笑顔が現れて、反射的に身体をのけぞらせ手を前に突き出し、アレンくんと距離をとった。

「もう、アレンくんたら。ジャパニーズはスキンシップが苦手なんだからそんないきなり近づいたらびっくりしちゃうわよ」

「すみません、つい」

わたしの反応を見て苦笑するリナリーにアレンくんも苦笑を返した。申し訳ない。そもそも教団本部には日本人はほとんどいないのだ。ぱっと思いつくのは神田くらいだろうか。しかし当然神田は比較対象にはならない。

「驚かせてすみません。僕も一緒に食堂に行っていいですか?」

こくん、と頷くと、リナリーがなまえも少しは慣れた方がいいわ、とわたしに手を差し出した。いやみんなパーソナルスペースが狭すぎるだけだと思うの。リナリーの手をとってふたりで手を繋いで再び歩き始める。リナリーよりもわたしの方がお姉さんなんだけどな。幼いころから教団にいるリナリーと、そのすぐ後に教団に連れてこられたわたし。一緒にいた時間が長く、珍しい年の近い同性のエクソシストということもあり、リナリーはとてもわたしに懐いてくれている。それこそ、コムイさんに羨ましがられるくらいには。コムイさんがリナリーのために人生を投げ打った。そのおかげでここはリナリーのホームとなった。でも、じゃあ、わたしは?わたしのために人生をかけてくれる人なんていない。わたしはずっと、ここから逃げ出したいまま。繋いだリナリーの手に、少しだけ力を込めた。食堂について、朝から元気そうなジェリーさんに挨拶をしてから、リナリー、わたし、アレンくんの順番で注文を始める。アレンくんを最初にしてしまうととっても長いためだ。リナリーはクロワッサンとスクランブルエッグとサラダとヨーグルトを頼み、わたしはパンケーキとサラダとフルーツを頼んだ。世界各地の料理を出してくれるここは、わたしにとって唯一故郷の日本を感じられる場所でもあった。ごはんと、味噌汁と、漬物と焼き魚。そんなありきたりな食事だって、きっと今食べたら泣いてしまうのだろう。夢見が悪かった日は、いつもそうなのだから。だからこそ、わたしが日本食を注文する機会は少ない。いつも蕎麦を食べている神田のせいで、ジャパニーズは蕎麦を食べなければ死んでしまうの?と昔リナリーに聞かれたのも、今となってはいい思い出である。そしてわたしに続いてアレンくんが毎度おなじみのとんでもない量の食事を注文し始めた。グラタンとか、クラブハウスサンドとか、ハンバーガーとか、ナポリタンとか、主食ばかりを頼んだ挙句にみたらし団子20本。朝からそんなに食べて胃もたれしないのだろうか。エクソシストは身体が資本。そのために、わたしもリナリーもしっかり朝食をとるようにはしているものの、アレンくんには到底敵わない。寄生型って燃費悪くて大変そうだなぁ。先に料理が出てきたわたしとリナリーはアレンくんの分も含めてみんなで座れる席を探して歩き始める。教団のアイドルであるリナリーにはやはり視線を集め、たくさん声をかけられていた。その後ろをこそこそと着いていって極力目立たないようにしているものの、時折感じるファインダーの視線は、リナリーに対するものとはちがって決して優しいものではない。そんなにわたしのことが気に入らないのなら、わたしの代わりに戦ってよ。志高く、自分でこの教団に入って来たのだから。空いてる席を見つけて腰を下ろし、一足先に食事に手をつけていると、アレンくんがガラガラと食べ物が大量に乗せられたカートを押してきた。見るだけでお腹いっぱいになってしまいそうだ。

「アレンくん、よく噛んで食べないと身体によくないよ」

まるで掃除機のようにあっという間にアレンくんの胃袋に消えていく大量の料理を見て、つい口をはさんでしまった。

「ふぁいふぉうぶふぇふ」

「……何言ってるかわかんないよ、アレンくん」

くすくす笑うのはリナリーだ。まさに美少女、という頬笑みである。アレンくんはきっと大丈夫です、と言いたかったんだろうけど残念ながら全然聞き取れなかった。ジェリーさんがパンケーキを二枚お皿に盛りつけてくれていたが、アレンくんの食べているところを見たら全部食べることができなくて、サラダとパンケーキを一枚食べ終えたところでわたしの手が止まる。

「なまえ、お腹いっぱいなんですか?」

よかったら僕食べましょうか?と目ざとく気づいて尋ねてくるアレンくんに、まだ食べるの…。と思ったが口に出さず、そっとお皿を差し出すと一瞬でパンケーキが消えていった。もうマジックか何かなんじゃないだろうか。

「フルーツは食べますか?」

「うん」

「女性はビタミンとか気にしますよね」

「女の子じゃなくてもちゃんとビタミンとらなきゃだめよ」

「僕はさすがに栄養足りてると思います」

間違いない。でもアレンくんは炭水化物ばっかり摂取しているからもしかしたら足りてない可能性もあるのではないだろうか。また自分の食事を再開したアレンくんを余所に、のんびりフルーツを食べていると、ヨーグルトを食べているリナリーにそういえば、と話しかけられる。

「前に話してた買い物の件、いつにする?」

「任務ない日ならいつでもいいよ」

いつも教団に缶詰か、任務に出ずっぱりのわたしとリナリーは、時々街に繰り出して息抜きをしている。わたしたちはエクソシストだから、気を抜ける時間というのが必要なのだ。

「いい御身分だよな。任務は嫌がるくせにショッピングかよ」

後ろを通りかかったファインダーと思われる男性が、わたしの正面にいるリナリーには聞こえないように、わたしに向かって言葉のナイフを向けてくる。寝不足でガンガンと痛む頭に、直接響くようだ。こんなこと、もう慣れているのに。うっ、と今まで食べていたものがせり上がってくる。我慢しなければ。必死に飲み込んで、俯く。

「そういう言い方、よくないと思います」

がた、と隣でアレンくんが立ち上がった。正面にいたリナリーと違って、隣にいたから先程の言葉が聞こえてしまったのだろう。そして、わたしのために怒ってくれている。にこにこしながらファインダーの腕を掴んだアレンくんのコートを控えめに掴んで、引っ張る。そんなことしなくていい。アレンくんまで嫌われちゃう。ふるふると首を横に振って伝えると、アレンくんはファインダーから手を離し、わたしの頭を撫でた。

「言ったでしょ。僕がなまえのことをまもるって」

きゅう、と胸がしめつけられる。この人は、本当に、わたしなんかを。リナリーもわたしが何か酷いことを言われたと気づいたらしく、立ちあがってわたしを庇うようにファインダーと話し始めている。アレンくんもリナリーも、わたしなんかを大切に思ってくれて、わたしために怒ってくれる。それなのに、ごめんね、それでもわたしは、わたしを傷つけるこの檻を、好きになんてなれない。ずっと向けられ続けた悪意のナイフは、もう山のようになってわたしの心を蝕んでいる。それを隠して、見ないふりして、アレンくんとリナリーにありがとう、と笑いかけた。じくじくと膿んでしまった心の傷は、どうやったら治るのだろうか。

[ back to top ]